広島高等裁判所 平成7年(う)138号 判決 1997年7月15日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役五年に処する。
原審における未決勾留日数中九〇〇日を右刑に算入する。
押収してある手錠一個(鍵付・当審平成七年押第一八号の3)及び鎖一本(南京錠、鍵付・同押号の4)を没収する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人阿波弘夫作成の控訴趣意書、控訴趣意補充書(一)、(二)に、これに対する答弁は、検察官岡崎真喜次作成の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。
第一 控訴趣意書中、第一の論旨について
論旨は要するに、「被告人のAに対する監禁及び監禁致傷行為(原判示第一、第二事実)、B子に対する監禁行為(同第五事実)、C子に対する監禁行為(同第六事実)並びにD及びE子に対する各監禁致死行為(同第七事実)はいずれも同人らに対する矯正ないし教育の目的を持ってなされたもので正当業務行為であり、また、監禁するについて同人ら及びその保護者の承諾があったから、違法性が阻却され、被告人には不法監禁についての故意もなく、いずれも犯罪が成立せず、被告人は無罪である。」、というものである。
そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果を加えて検討する。
一 関係証拠によると、被告人は、自らが開設し、主宰、経営していた風の子学園において、園生であるAを原判示第一、第二のとおり同学園内の小屋に二度にわたって監禁した上、二回目の監禁においては傷害を負わせ、園生であるB子、C子を原判示第五、第六のとおり同園内の貨物用鉄製コンテナに監禁し、また、園生であるD及びE子を原判示第七のとおり右コンテナ内に監禁して原判示のように死亡させた(死亡日時については、暫く置く。)ことが認められる。
そこで、所論の判断に先立ち、先ず被告人の風の子学園開設に至る経緯、同学園の運営状況と右各監禁、監禁致傷、監禁致死との関係を概観すると、関係証拠によれば、次のとおり認められる。
被告人は、第二次世界大戦の終戦により入隊していた海軍を除隊し、一時農業等に従事した後、昭和三二年から三菱重工業株式会社広島造船所検査課に勤務し、勤務の傍ら、昭和三九年ころから、海軍で修得したカッター操法、手旗信号、ロープ結び等の野外活動を中心として青少年を指導する活動をしていたが、昭和五七年七月、広島県佐伯郡大柿町に飛渡瀬青少年海洋研究所を開設した。同年一〇月に前記会社を定年退職した後、昭和六〇年一一月ころ、同所を「ふるさと自然の家」と名付けて、登校拒否等の情緒障害児や非行少年を預かり始めた。しかし、予定した人数の入園者が集まらず、大柿町からも立退きを求められたため、平成元年三月ころ、被告人は同施設を閉鎖せざるを得なくなった。この間、被告人は、園生の指導方法につき行き過ぎがあったとして、昭和六二年一一月ころ、江田島警察署から、「戒具の使用、居室の施錠は保護者の承諾があってもしないこと、戸塚ヨットスクールのような暴行はしないこと」等を指導されるなどした。また、被告人は、前記飛渡瀬青少年海洋研究所等の開設、運営の費用等にあてるため、二〇〇〇万円を超える債務を抱えるようになっていた。そこで、右多額の債務の返済や退職後の収入を得、かつ、被告人なりの青少年指導の試みを続けるため、更に約四〇〇〇万円もの借入れをした上、平成元年七月ころ、三原市沖の小佐木島の海水浴場跡の土地建物を取得し、登校拒否等の情緒障害児及び非行少年の矯正等をする施設として同年一一月「風の子学園」を開設した。
被告人の目論見では、年間園生を三〇人程度集めれば経営が成り立つ見込みであったが、入園者数は開設から本件時まで合計一七名に過ぎず前記巨額の債務の支払はもとより、学園の維持運営費にも窮する状態が続いていた。このような状況の中で、前記Aに対する監禁、監禁致傷行為を行った。
その後、平成三年一月、JR東広島駅から用途廃止になった貨物用鉄製コンテナ(以下、コンテナという。)を購入し、同年五月から内観改心室と称して、園生を閉じ込めるために使用するようになり、B子及びC子に対する各監禁行為、D及びE子に対する各監禁致死行為に及んだ。
以上の通り認められる。
二 所論は、被告人は、Aらの園生に対し、矯正ないし教育の目的をもって、園内の小屋やコンテナに入れたものである。すなわち、<1>Aに対しては、同人が手当たり次第に物を破棄する行為に出たり、刃物を握持するなどしていたので、同人自身の安全及び被告人を含む他者への危害防止のため、<2>B子及びC子に対しては、同人らを反省悔悟させるため、<3>D及びE子に対しては、同人らがタバコを吸ったことを反省させるとともに、脱出及び暴行を防止するため、いずれもやむなく取った方法であるから、いずれも正当業務行為である旨主張し、被告人も、捜査段階並びに原審及び当審各公判廷において、Aについては同人の逃走を防ぎ、その性格を矯正するため、B子については、学園から脱走しようとしたことに対する懲罰と同児に反省させるため、C子については、同人にこれまでの行動を反省させ、内省させるため、D及びE子については、同人らが煙草を吸ったことに対する懲罰等のために本件各行為に及んだ旨所論に沿う供述をしている。
しかし、本件各監禁の場所、監禁の態様等に徴すると、所論のいう矯正のための懲罰その他如何なる名目をもってするにせよ、本件のような監禁行為そのものが社会通念上許容されるものではなく、正当業務行為というにはほど遠いものであることは明らかである。
すなわち、まず、監禁の場所についてみると、関係証拠によれば、<1>Aが監禁されていた小屋は、間口約二・七メートル、奥行約七・四メートル、建築面積約一九・九八平方メートルのスレート葺木造モルタル平屋建の建物で、東側北寄りに幅約〇・九メートル、高さ約一・八二メートルの小窓付木製片開戸が設けられているだけで窓はなく、内側壁はトタン張りで、木製台等が置かれているだけであり、<2>B子、C子、D及びE子が監禁されていたコンテナは、材質は鉄製で、外法において幅約二・四一メートル、長さ約三・六五メートル、高さ約二・二七メートル、床面積約八・一平方メートル、内容積約一七立方メートル、四隅にコンクリートブロック一個ないし三個を重ねてその上に設置され、北西面に両開戸が設けられ、同扉には打掛外締錠が取り付けられており、その内部は、床面にはラワン合板が張られ、扉面を除く三方の壁面には、一部取り除かれている部分はあるものの、概ねラワン合板が張られているが、天井は鉄板がむき出したままであり、内部には簡易便器が一個置かれているだけで、他の生活用の備品は何もなく、扉を閉めると昼でも僅かな隙間から光が差し込むだけの密閉度の高いものであることが認められる。
次に監禁の態様についてみると、関係証拠によると、<1>Aについては、一回目は手錠をかけて小屋に入れて入口の扉に施錠し、暑い時期である七月三〇日午後八時ころから翌三一日午後二時ころまでの間飲食物も与えずに放置し、二回目は右三一日午後九時ころに両手錠をした上、足に鎖をつけて右小屋に入れて施錠し、八月八日午後一時三〇分ころまでの間、一日一回又は二回、原判示のように麦茶、梅干しあるいは少量のパン、サラダなどを与えたり、被告人らの監視のもとに一日約二時間小屋の外に出すほかは小屋に閉じこめ、その結果、原判示のように入院加療四三日間を要する傷害を負わせ、<2>B子についても、湿気が多く暑い時期である六月一六日午後一時ころから同月二六日午前七時ころまでの間、前記コンテナに入れて入口扉に施錠し、三日目位後から水や牛乳等を与えるだけの状態で監禁し、<3>C子についても、暑い時期である七月一八日午後九時ころから同月二二日午前六時ころまでの間、前記コンテナに入れて入口扉に施錠し、飲食物を与えないで監禁し、<4>D及びE子についても、酷暑の時期である七月二八日午前零時三〇分ころ、D及びE子両名の手首を手錠で繋いで前記コンテナに入れて入口扉に施錠し、二回にわたって水を与える程度の状態で監禁し、その結果、両名を高温状態等に基づく熱射病により死亡させたことが認められる。
また、関係証拠によると、監禁中の園生の健康状態等その心身の状況を把握するための監視体制も殆どとられていなかったと認められる。この点に関し、所論は、原判決が「主な争点についての裁判所の判断」第二、二、(四)、[2]、2において、C子を監禁した七月一八日から同月二二日の間の同月一九日から翌二〇日まで被告人はコンテナの鍵を持ったまま学園を離れて留守にしていたと認定した部分を捉えて、右両日、コンテナの鍵は学園内の定位置に置いてあり風の子学園の職員G子も使用していた旨主張し、原判示認定が誤りである旨主張するが、G子は、検察官調書(原審検甲一二七号)において、右両日に被告人が外出した際の状況につき、被告人の外出中に万一のことがあっては困ると思い、被告人にその旨尋ねたが、被告人は大丈夫だと言ってコンテナの鍵を持ったまま外泊したため、当夜何かあったらどうしようかと思いながら、不安なまま宿直した旨その際の自己の心情を交えて詳細かつ具体的に述べており、その内容には迫真性があり、十分信用でき、これに反する被告人の原審公判廷における供述は信用することができないから、この主張は採用し難い。
以上認定の監禁の場所、態様等に照らすと、本件各監禁行為は、これによって単に園生に苦痛及び恐怖感を味あわせて被告人の言うことに従わせる手段というほかなく、園生の人格を踏みにじり、終生消えない心の傷を与えるものであって、到底教育や矯正指導の名に値するものではない。
ところで所論は、Aら園生を小屋又はコンテナに閉じこめた原因について、園生らには矯正又は反省させる問題点があったとして、前記所論<1>ないし<3>のように具体的な主張をしているのでこの点についても検討すると、
(1) <1>については、A(原審検甲六五ないし六七号)、同人と同時期に風の子学園に入園していたJ(原審検甲一〇八号)、同K(原審検甲一一四号)、同L(原審検甲一一六号)の各検察官調書によれば、Aは、風の子学園に入園した当日の午後八時ころに小屋に監禁されたものであるところ、その際等の情況は、被告人がいきなりAに両手錠をかけた上、原判示小屋に入れて出入口の木製片開戸に施錠して監禁したこと、Aは、翌三一日閉じ込められた小屋の片開戸に体当たりをして、錠を壊して外に脱出したこと、そのため被告人は、Aに対し棒等で一方的に殴るなどの暴行を加えた上、同日午後九時ころに両手錠をし、両足に鎖を取り付けて殆ど身動きができないようにした上で、再び同小屋の中に監禁したことが認められるものの、A自身が所論が主張するような暴力的な行動に出たり、物を破棄するような行動に出た状況は認められない。これに反する被告人の原審公判廷における供述及び被告人作成の「事件(死亡・傷害)に関する陳述書(其の一)」(原審弁三一号)等の内容は、右Jらの各検察官調書及び被告人自身の捜査段階の供述、なかでも被告人の警察官調書(原審検乙二七号)において、Aの母親M子から、「Aが良くなるのなら、どんなことをされても構いません。」と言われたなどと自らの立場を有利に導く供述をしているにもかかわらず、A本人が暴れたといった事実は何ら供述していないこと等に照らして信用することができない。
(2) 次に、<2>のうちB子については、同人の検察官調書(原審検甲九四、九五号)等の関係証拠によれば、同人がD及びE子とともに平成三年六月一五日に風の子学園から逃走しようとしたため、被告人がB子をコンテナに閉じ込めたこと、C子については、同人の検察官調書抄本(原審検甲一〇一、一〇二号)等関係証拠によれば、同人が風の子学園に来た当夜、母親が帰った後、被告人がいきなり同人に手錠をかけてコンテナまで連れて行き内部に閉じこめたことが認められる。
(3) 更に、<3>については、N(原審検甲四〇ないし四二号)及びE子(原審検甲四七号)の各検察官調書等の関係証拠によれば、D及びE子が同年七月二七日夜所論のように喫煙したことは認められるけれども、Dは翌日の二八日には父親が迎えに来て退園することが予定されていたのであるから学園から脱出しようとすることは考えられず、E子についても、同人が母親と話し合った結果、同人はなお学園に止まる意思を有していたことは被告人も承知していたことであるから、E子に脱出のおそれがあったとは到底認められず、また、Dが被告人に対して仕返しのための暴力を加えるといった具体的兆候があったわけではなく、ましてや、E子がそのような行為に出ると認め得る兆候は見出し得ない。
右に見たように、Aらが前記小屋やコンテナに監禁されるに至った経緯についても、B子には、学園から逃走しようと試み、また、D及びE子には、喫煙行為があったことは認められるけれども、それ以上に先に見た環境が極めて劣悪で心身に悪影響を及ぼすことが明らかな小屋やコンテナに監禁する必要性が認められるような暴力的な状況や反省悔悟させる事情は見当たらない上、B子、D及びE子の前記行為についても、海を渡らなければならない危険な逃走を防止したり、喫煙を反省させたりするための措置を取るとしても、あくまでも社会的に是認される手段、方法によらなければならず、小屋やコンテナに監禁する正当な理由とは認められない。すなわち、各園生が学園に入園した目的が、各園生の抱える非行や生活習慣の乱れといった問題点の矯正、改善にあるとしても、その目的達成のための手段、方法にも自ずから限度があるのであって、無理矢理有形力を行使して強制的に小屋やコンテナに閉じ込めるといったことは、明らかに社会的に是認される限度を逸脱したものである。
以上に明らかなように、被告人の本件各監禁行為が正当業務行為に当たるとは到底認めることができず、違法性を阻却しないことは明らかであるから、正当業務行為であるとの所論は採ることができない。
三 所論は、各園生を小屋やコンテナに入れることについて、各園生やその保護者の承諾があった旨、特にA(原判示第二について)、B子及びC子については、各本人とその保護者からその旨の承諾があり、Dについては、その父親から承諾を得ていた旨主張する。
しかし、Aについては、原判決が判示するとおり、同人は成人であって、保護者の承諾が本件行為の違法性の有無に影響を与えないことはいうまでもなく、また、関係証拠によれば、同人に対する各監禁がその意思に反して行われたものであって、同人の承諾のもとに行われたものでないことが明らかである。
次に、B子、C子、D及びE子の各保護者について、その承諾があったかどうかを検討するに、関係証拠によれば、園生をコンテナに入れることがある旨伝えたと認め得るのはB子の父Pに対してだけであって、それ以外の保護者で被告人から予めコンテナの中に入れることがある旨の説明を受けた者は見当たらない。すなわち、まず、被告人の捜査官に対する供述調書によっても、被告人が具体的にコンテナに入れることがある旨保護者に説明したとの供述はなく、また、Q(原審検甲一〇三、一〇四号)及びR子(原審検甲一〇五号)の各検察官調書によれば、C子の両親はコンテナの存在そのものを知らなかったことが認められ、N(原審検甲四〇ないし四二号)及びS子(原審検甲四三ないし四五号)の各検察官調書によれば、右両名は、被告人からコンテナに入れることがあり得るとの説明を聞いていないことが認められ、O子の検察官調書(原審検甲四七号)によれば、同人は、平成三年七月五日に学園を訪れた際、園生の日記等から、園生がコンテナに入れられることがあることを認識したものと認められるけれども、我が子がコンテナに入れられることについて、これを具体的に承諾したとは認められない。更に、被告人から説明を受けたB子の保護者についても、Pの検察官調書(原審検甲九六、九七号)によれば、その際、同人は、我が子をコンテナには入れないでほしいと要望していることが明らかである。
次に、B子、C子、D及びE子の各園生本人の承諾の有無を見ると、被告人の捜査段階の供述(特に、原審検乙三六号)等によれば、入園時にコンテナに入れることを説明すると、逃走したり、乱暴したりするおそれがあるので、そのような説明はしていなかったこと、しかし、一旦コンテナに閉じ込めた後解放する時には、以後被告人の指導を守らなければ再びコンテナに入れることを申し渡していたことが認められるが、他方、各園生の捜査官に対する各供述調書等の関係証拠によれば、各園生をコンテナに監禁するについては、B子を除く各園生には手錠をかけてコンテナまで連行して監禁したものであり、B子については、コンテナに入れられるのを怖れて山中に逃げたが、逃げ切れずに学園に戻って来たところを発見されて、コンテナに入らされたものであることが認められ、そのような状況に照らすと、各園生がコンテナに監禁されるについて、任意に承諾していたものとみることはできない。
これに反し、各保護者や園生自身から、入園当初、コンテナに入れる旨の承諾を得ていた旨の被告人の原審公判廷における供述や被告人が作成した「事件(死亡)に関連する経過記録」(原審弁二九号)中の記載内容等は、前掲各証拠及び被告人自身の捜査段階の供述等に照らして信用することができない。
なお、所論は、特に、原判示第七に関して、D及びE子は、予め喫煙した際にはコンテナに入れられることを承諾していたため、本件時、違反を認めて納得の上でコンテナ内に入ったものである旨主張するが、G子の捜査官に対する各供述調書及び原審公判廷における証言等の関係証拠によれば、被告人が両名に対し、喫煙を厳しく叱責したこと、両名を手錠で繋いだ状態でコンテナまで連れて行き、その状態のままコンテナ内に閉じこめた事実が認められるのであって、右状況によれば、両名の承諾のもとに両名をコンテナ内に入れたものとみる余地はない。
以上によれば、所論が主張するように、各園生やその保護者から予め承諾があったとは到底いえず、所論は採ることができない。
四 所論は、被告人には、不法監禁の故意がない、すなわち、本件各監禁行為は、被告人が、金銭的利得や自己の保身を図る目的から行ったものではなく、特に、被告人が、Dの退園申出に反発したり、その退園を阻止し、延引させたいと考えたこともなく、また、そのような目的をもって予め学園内の幌馬車の車庫の中にタバコを置いておき、殊更にタバコを発見、拾得させた事実もなく、非行少年や情緒障害児の非行性や性格等を矯正して教育するという正当な目的に基づくものであるから、被告人が認識していたのは違法性のない事実であって、不法監禁の故意はない旨、また、これらの点に関し、原判決は「主な争点についての裁判所の判断」第二、二、(四)、[2]、3、(4)の項(二九丁裏)において、「若し同児(D)の退園を許したときは、在園者が減るうえに自己の立場がなくなり、信用を損なわれることになると考え、何とかしてその時点でのDの退園を阻止し、できるだけこれを延引させて事態を有利に展開させようと企て」と認定しているが、これは推認の許容範囲を逸脱する誤った認定であり、更に、罪となるべき事実第七(四丁表)において、「D(当時一四歳)の父親から被告人の指導方法等を不満として右Dを退園させる旨の申出を受けていたところ、これに反発していた被告人は、何とかして同児の退園を阻止し、あるいはこれを延引させたいと考え、あらかじめ学園内の幌馬車の車庫の中に箱に入った煙草を置いておき、」と判示しているが、右の認定は、証拠の評価を誤った結果事実誤認がある旨主張する。
しかし、捜査状況報告書(原審検甲一一号)等関係証拠によれば、被告人は、風の子学園を開設する際、金融機関等から既に七千万円を超える負債を有し、前記認定のようにその返済に苦慮していたことが認められ、N子(原審検甲六八号)、T(原審検甲八一号)、O子(原審検甲四七号)、U子(原審検甲一一五号)の各検察官調書等の関係証拠によれば、被告人は、風の子学園への入園に際し、園生の保護者から、入園費として五万円、預託保証金として三万円、療育費として月額七万五千円ないし一三万五千円、施設整備費として五万円ないし二五万円、特別指導料として月額三万円ないし一〇万円及び寄付金(一口一万円以上)を徴しているほか、馬の購入代金であるとか、医療の検査代金であるとかの名目で多額の金員の支払を求めたりしていることが認められる。これらの事実及び前記一認定の事実によると、被告人の風の子学園の開設、運営が、金銭的利得だけを目的としたものとまではみることはできないものの、前述したように年間三〇人位の入園者があれば、学園の開設時の負債やその後の維持、運営費用の支払もできると見込んでいたものであって、被告人が風の子学園を経営するについて、右の負債の返済や学園の維持、運営費用を捻出する目的がなかったとはいえない。更に、右のとおり、被告人は莫大な負債を抱えた上、入園者が集まらず、当初目論んだ収入が得られない状況下で、負債の返済及び学園の維持、運営費用の捻出に苦慮していたことに加え、Dの父親N、同祖母S子及びG子の各検察官調書並びに同人の原審証言によれば、七月二七日にNが被告人に電話して翌日の二八日にDを引き取りに赴く旨伝えた際や七月二八日にN及びS子らが、Dを引き取りに来た際の被告人の言動、特に強くDの引渡しを求めるNに対し、Dの所在、すなわち、コンテナの中に監禁していることを秘匿し、S子らによって、Dがコンテナの中にいることが発見された後にも、公的機関の第三者を連れて来て立ち会わせ、あるいは保証書を差し入れた上でないと引き渡せないなどと要求してあくまでも同人をコンテナから出して引き渡すことを拒んだことなどの事実が認められ、これらの事実に照らすと、被告人が捜査段階(原審検乙一六号)において、「Dの矯正が十分出来ていない段階で連れて帰られたら、風の子学園では十分矯正できないなどと言われ、学園の評判にかかわると思った。それで、二八日が迫った七月二七日になって、D君のお父さんに、まだ矯正が出来ておらず、風の子学園で指導する必要があることを判らせるためにタバコを置いてD君に見つけさせようとしたのです。」と供述している内容が、当時の被告人の心情ないし意図の一端を示しているものと認められる(なお、Nは、Dの退園を申し出た際、その理由として、風の子学園での指導の効果が上がっていないことを被告人に告げており、したがって、被告人としても、七月二八日にDを迎えに来たNらに対し、Dが喫煙していて矯正指導の効果が上がっていないから退園させることはできないといった理由は何ら告げておらず、ただひたすら同人の所在を隠そうとし、コンテナに閉じ込めていることが知られた後にも、公的第三者の立会を求めるなどして、NがDを連れて帰るのを拒んだことに照らすと、被告人の心情としては、被告人が供述するような理由では、Dの父親らを納得させることができないことは十分承知していたものと認められる。)。これによれば、原判決が判示するとおり、被告人がDの退園申し出に反発し、今後の園生の募集面での支障が生じ、ひいては学園の収入その他の運営面における懸念から、同人の在園期間を引き延ばし、あるいはこれを阻止しようとの意図のもとに、わざと同人及びE子が煙草を吸うようにし向けた上、両名をコンテナの中に監禁したものと認められるのであって、この点に関する原判決が、推認の許容範囲を超えるとか、証拠の評価を誤った事実誤認があるということはできない。所論は採ることができない。
五 また、所論は、D及びE子の各死亡時刻を争うが、小嶋亨、宮崎哲次各医師の各原審証言によれば、発見時D及びE子の口唇部には腐敗汁が出てきており、このような腐敗汁が発生するには当時の気象状況等をも考慮すると大体死後一日位かかるというのであって、これが客観的不動の経過時間ではないとしても、医学的に承認された合理的な所見であることに加え、D及びE子の生存が最後に確認されたのが七月二八日昼過ぎころで、その際、両名にコップ一杯程度の水を飲ませていること及び両名の胃の内容物の消化の程度等に照らし、両名の死亡時刻を、E子が七月二八日午後三時前後ころ、Dが同日午後八時前後ころと認めた原判決の認定に誤りはない。所論は採ることができない。
六 なお、所論は、被告人は、注意義務を尽くしているので過失はない旨主張するが、本件各監禁行為が正当業務行為でないことは前にみたところであるから、所論は前提を欠くもので理由がない。
以上に述べたとおりであって、論旨は理由がない。
第二 控訴趣意書第二(原判示第三、第四)の論旨について
論旨は要するに、Fに対する各傷害(原判示第三、第四)についても、被告人の行為はFの持つ障害を取り除いて、通常の生活能力を回復させようとして行われたもので、同人の生活習慣等の矯正という正当な目的のために行った行為であるから、違法性及び故意がなく、被告人は無罪である、というものである。
しかし、火のついた蚊取り線香の先を人体の皮膚に押しつけるなどの行為に治療的効果があるとは到底考えられず、このことは、Vの警察官調書(原審検甲九〇号)等関係証拠によってもそのような方法によっては、全く治療的効果のないことが裏付けられており、被告人の行為が治療行為としてその違法性が阻却されるいわれはない。論旨は理由がない。
第三 控訴趣意書第三、量刑不当の論旨について
論旨は要するに、被告人を懲役六年に処した原判決の量刑は重過ぎて不当である、というものである。
そこで、原審記録を調査して検討する。
本件は、前に見たように、被告人が、いずれも原判示のとおり、矯正施設を標榜する施設内で、社会通念上許容されない方法を採ったあげく、預かった五人の園生をコンテナなどに監禁してうち二人を死亡させ、一人に重傷を負わせたほか、一人の身体に蚊取り線香の火を押しつけて火傷を負わせたという事案である。
被告人は、昭和六二年一一月ころ、江田島警察署から戒具の使用や居室の施錠を止めるように指導を受けているにもかかわらず、これを改めず、遂に、Aに対し、重篤な傷害を負わせ、更にその後も、なお、そのような方法を改めないばかりか、より密閉度の強いコンテナを利用して園生を監禁するなどし、これにより、未だ未成年のD及びE子両名の尊い生命を奪ったその結果は極めて重大であり、D及びE子の無念さはもとより、かけがえのない子を失った両親ら親族の悲嘆の情は察するに余りある上、原判示小屋に監禁されたことにより重い腎臓疾患に罹患させられたAの精神的、肉体的苦痛及びコンテナの中に監禁されたB子及びC子の味わった恐怖感は甚大である。これに加え、Fに対する各傷害についても、当時七歳で知的能力の発達も遅れていた同人に、火傷による極度の苦痛や恐怖を与えたものであり、やはり、終生消えない人間に対する不信その他の心の傷を与えたものといわなければならず、これらの各被害に対して何ら被害弁償がなされていないこと等の諸点に照らすと、被告人の刑事責任は重大である。
してみると、被告人が、死亡したD及びE子の冥福を祈り、自己の行為に行き過ぎないし両名の心身の状態に対する配慮の足りなかった面があることは認めて反省の態度を示していること、被告人は、元々青少年の健全育成への関心及びそのための指導活動等の経験を持ち、家庭や学校や教育指導することができず、その手に負えなくなった子供を預かり、性格及び行状の改善指導を目指していたもので、これらの非行少年や情緒障害児等を受け入れて矯正するための施設を開設したのも単なる営利目的からとのみみることはできないこと、その手段及び方法において、指導方法等が独善的で、いわば、軍隊的、強制的な面があったことは否めないものの、被告人自ら、殆ど施設に泊まり込んで園生と生活を共にし、その指導に当たっていたこと、被告人が高齢であることなどを考慮しても、被告人を懲役六年に処した原判決の量刑は、その時点では相当であって、重過ぎて不当であるとは認められない。
しかし、当審における事実取調べの結果を加えて検討すると、被告人は、原判決の厳しい科刑を受けて自らの行為のもたらした結果を真摯に反省するとともに、死亡した二名の被害者については、写経をするなどしてその冥福を祈っていること、癌の手術をするなど健康状態が極めて優れないこと、平成三年七月に逮捕されて以来身柄の拘束期間が五年を超えていること等の事情が認められ、これらの事情を原判決当時存在した事情に合わせ考慮すると、原判決の科刑をこのまま維持するのは、被告人にとって些か酷に過ぎると認められる。
よって、刑訴法三九七条二項により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書により、当裁判所において、被告事件につき更に判決する。
原判決が認定した罪となるべき事実に、科刑上一罪の処理、刑種選択、併合罪の処理を含め、原判決と同一の法令(ただし、刑法は、平成七年法律第九一号による改正前の刑法)を適用した刑期の範囲内で前記諸情状を勘案して被告人を懲役五年に処し、刑法二一条を適用して原審における未決勾留日数中九〇〇日を右刑に算入し、押収してある手錠一個(鍵付・当審平成七年押第一八号の3)は原判示第七の、同鎖一本(南京錠、鍵付・同押号の4)は原判示第二の各犯行の用に供したもので被告人以外の者に属しないから、同法一九条一項二号、二項を適用してこれらを没収し、原審及び当審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担をさせないこととする。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 荒木恒平 裁判官 松野 勉 裁判官 大善文男)